【震災からの】サバイバーズ ギルティ

 

 

3月に日本を襲った大災害、東日本大震災から2ヶ月と6日が経過致しました。

しばらくコラムをお休みさせて頂いておりましたが

コラムを書かせて頂きたいと思います、福屋 よしみです。

悩み辞典でのTOPページに出ましたので
一部からは当Blogからの転載に繋がる部分もありますが

まずは告知させて頂こうと思います。

悩み辞典の担当の方から、震災で甚大な被害を受けられた方向けの

御相談のプロを探しておられるという事で迷わず参画させて頂きました

悩み辞典で、被災者専門のWeb相談の項目が出ますという事で
システムの部分で息子が何度か管理人の方と打ち合わせをさせて頂いたり
神戸市市議会議員の当時の震災の現場を経験し処理をされていた方から
阪神淡路大震災の時の資料をコピーして頂いたり
今度の被災者専門相談に向けて、私たちも準備を始めてまいりました。

 

当時の震災を詳細に紹介したり、体験をした方が本を出したり
そういう中で 「官邸応答せよ」 という本がある事はご存知でしょうか?

阪神淡路大震災の最中、神戸を駆けずり回った方が
当時国会議員でもありました、高見裕一 氏 の阪神淡路大震災での体験を
本にしております。

今読み返しても深く、国会議員である傍ら震災を実際に受けた時
どんな凄惨な状況であったかが、切々と綴られています。

この本には当時の我が家の事も書かれているのですが
少し前に息子が、この本を読みたいというから貸したのですが
あの10歳の頃の情景や震災の時に何があったかを思い出しているようです。

そして、先日の事ですが、息子が震災で失った物を吐き出さずに
溜め続けた壁を抜けていく事が出来たようです。
震災の傷跡というのは15年が経過しても、心の傷跡というのは
どんな形であっても、癒さなければ残ってしまうものです。

愛する父を震災で失い、感情を押し殺してしまった15年間
押し殺してしまった感情とは、ある出来事があって
それに関し、感情的な課題があると自覚してはいるのですが
その感情を押さえつけてしまっているという未完了の出来事なのです。

押さえつけてしまうのは、個人のルールだったり
脅迫概念であったり、様々な理由があります
もちろん、息子の傷跡は15年間溜めたものが1日で消化できるはずもなく
今回の悩み辞典の被災者相談の件での資料集めや提案に関る内に
自分自身が抜けていく何らかの切欠があったのですが
そこはまた、次のコラムかBlogでお話する事があると思います。

 

大幅に話が脱線してしまったので、戻します(^^;

この本の著者でもある当時、国会議員 高見祐一 氏の事務所は
私たちの住まいする神戸にある北野町にありました
偶然にも同じ北野町だったのです。

そこで、ご近所同士という事もありライフラインの情報交換など
救援物資に関わる様々な助け合いを皮切りに
我が家は当時とても広かったので付近の避難所では預かれない分を
一時預かる倉庫を兼ねた救援物資センターになり
我が家は当時、外国人のボランティアの方々と結びつきが強く
連携しての炊き出し、瓦礫除去、倒壊した家屋からの残存物資の取り出し
もちろん私も現場でヘルメットを被って子供たちは水汲み隊に明け暮れる数ヶ月を
過ごした記憶が、私も先日この本を読んで思い出しました。

そして、高見祐一 氏 の国会答弁に、Buy神戸(神戸の商品を売るという活動)が組み込まれ
その事務局を24時間体制で数ヶ月続け、荷物の搬入や運搬にイベントのお願いなど
当時はこの運動がテレビ局などで取り上げられ

「よみがえれ神戸!」と銘打って頂いたのをはじめとし
各メディアの取材が殺到したのを覚えています。

東日本大震災の情報は今だ途絶える事はまだありませんが
現地の被災されている方や、これから現状を見つめ続ける事をすべての人が出来るのかどうか
これから、心の問題が浮上してくるかもしれない時期に突入してくるかもしれません

目の前の惨状を抜けて、体が落ち着いた時こそ
そこから心の傷が浮き彫りになってくるのです。

阪神淡路大震災より、大きい規模の震災と水害
心の痛みははかりしれません。

人間一人の無力さを感じずにはいられないのが天災です。

今、私自身の体験がお役に立つ時があるとすれば
出来る事にはお役立てさせて頂きたいと
毎日祈るような気持ちで思っています。(祈)

 

阪神淡路大震災から、生まれた心理カウンセラー 福屋 よしみ
 

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