●なぜ自分の欠点に捉われないで 生きられるようになったのか

●なぜ自分の欠点に捉われないで
生きられるようになったのか



再建社長になった30歳のころは
自分が本気になれば
出来ないものは何も無いと
信じて疑わなかった。

しかし再建会社を消滅させた
10年という時間は
そんな私の幻想を粉々にした。

惨めになった。

こんな不幸な状態から
早く抜け出したいと思いながら

自分より不幸な人に出会うと
救われたような気がしていた。

自分が失敗した時でも
相手がもっと失敗すれば
安心できていた。

自分が幸せになる事より
他人の不幸でしか満足出来ない
嫌な人間になっていた。



◎長い人生では欠点は両刃の刃に
 なることに気がついたから

惨憺たる結果になって
自分の無能力や性格の卑しさは
認めざるを得なかった。

数多い自分の欠点が
心にも体にも嫌と言うほど
刻み付けられた。

おかげで
妻はこんなに欠点の多い夫では
私が育てなければと思ったのだろうか
まるで幼稚園児に教えるように
生き方を導びいてくれた。

息子たちは
こんな頼りない父親に頼っていては
自分達の幸せな人生はおぼつかないと
自立していった。

社員の人たちは
こんな危なっかしい社長では
また経営を間違うのでは無いかと
自分達で会社を守ってくれている。



欠点は誰にでもある。

再建社長時代は
周りには全てバレバレなのに
自分ではそれを
ひた隠しにしていた。

そして出口が無い迷路に
自分から入りこんでいって
自滅した。

失敗して自分の欠点が
きちんと見据えられるようになって
初めて自分の正体が見えてきた。

欠点は自分が
それをどう捉えるかで

長所にも
変えられることに気がついた・・・

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