自分で選んだ貧困と、選ばざるを得なかった貧困

  • 2009年3月16日(月) 18:08 JST
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鉢須 祐子 最近、「貧困」をテーマに考えています。




「貧困」にも、大きく分けて2つのタイプが存在するように感じていて、それは下記のように分類出来るのではないかと思っています。





①自分で選んだ貧困
・・・「働きたくない」「希望する仕事以外には就きたくない」という理由で仕事をしないケース



②選ばざるを得なかった貧困
・・・生まれ育った家庭環境や、突然の不幸などにより他に選択肢が無かったケース





どちらが良い悪い、仕方がない、などという論議をここでするつもりありません。




ただ、例えばここ最近ニュースにもなっている、「葬儀代がないから家族を自分で穴を掘って埋めた・放置した」という事例。

私には真相が分かりませんが、とある例では、80歳の母親の年金で生活していた48歳の男性が、母親の病死後、遺体を自宅に放置し、自分は路上生活者となり、最終的に逮捕されたというものがありました。



どのような理由があったのかにより、意見も変わってきますが、葬儀については区民葬や、場合によっては生活保護からの援助が受けられるケースなどの方法で、手元の資金がないという場合にもきちんと故人を見送ることが出来ます。



また、自分では働けない・自分で生活資金を得ることが出来ない場合には、国からの援助を受けながら自立への努力をしていく方法も考えられます。





「貧困」には、自分自身が原因であること以外に、外的な要因も絡んでくると思いますので、そう一筋縄にいかないとは思いますが、

どちらにせよ、

どんな状況にあっても、この先をどう生き抜いていくかという思考と行動を止めて欲しくはないのです。




何か、方法があるはずです。

それはすべての問題を解決するものではないかもしれない。

だけど、一部分ずつ、少しずつ前に進んでいくことで、次の方法が見えてきたり、自分の心境に変化が現れたりします。






今回の不況は、あと3年くらいはじっと我慢して過ごさなければならないような状態になっていますが、

こういう時だからこそ、

各人が、積極的に考え、行動することが必要なのではないでしょうか。

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